インドネシアでは癌の分子診断ができる医療施設は18%に留まるという調査結果もある。また、広大な群島国家であるため国内の長距離移動は容易ではない。癌検診のために遠くの都心部まで行かなければならないため、貧しい農村部や地方島嶼部の住民ほど発見が遅れてしまう。
そうした状況を改善する可能性を秘めるのが、PathGen Diagnostik Teknologi(以下PathGen)が手掛けるPCR装置を使った手頃な癌検査キットだ。インドネシアには大量のPCR検査機器がある。2020年以降のCOVID-19のパンデミック期に用意されたものだが、PathGenはこのPCR機器を活用した安価な癌診断を可能にしたのだ。
30歳で大腸癌ステージ3と診断されたCEOが開発
2022年にPathGenが発売したBioColoMelt-Dxは、大腸癌の分子診断キットである。インドネシア国営企業BioFarmaとの戦略的提携によって誕生した。 PathGenのCEOであるスサンティ博士は、英ノッティンガム大学医学部で腫瘍学の博士号を取得した経歴を持つ人物。かつ、博士自身がステージ3の大腸癌を体験した当事者だ。下の動画では、30歳で癌と診断された若者の心情が素直な言葉で語られている。
癌サバイバー自らが開発の先頭に立った診断キットは、BioFarmaを通じてすでにインドネシア各地の癌専門医療施設で利用されている。現時点では診断対象は大腸癌と肺癌のみだが、子宮頸癌や鼻咽頭癌を含め他の癌に対応するキットも開発中だという。
全国どこでも同一水準の癌検診を
PathGen社はスサンティ博士の主導によって2020年に設立された。インドネシア科学院 (LIPI) 内のイノベーションセンターでインキュベートされた企業で、現在も同センターを拠点としている。2024年4月19日、ベンチャーキャピタルEast VenturesはRoyal Group Indonesiaと共同でPathGenに出資を行った(East Venturesプレスリリース)。この資金調達により、PathGenの開発や事業展開が加速すると思われる。6月にはビジネスマネージャーのポジションで人材募集をしている。
現在ウェブサイトで「Coming Soon」とされているAI駆動のデジタル病理プラットフォームのローンチも待たれるところだ。
これからはポストパンデミックで余りがちになったPCR機器を活用して、「地元で安価な癌検診」が普及していくだろう。いずれは地方の島嶼部にいながら、大都市の総合病院と同程度のクオリティーの癌検診を受けられるようになるかもしれない。今はLCCの飛行機で移動するが、一昔前までは地方からジャワ島まで行くのに国営ペルニ社のフェリーを使っていたのだ。また、同じ島内であっても、都市部まで車で何時間もかかるという地域も珍しくない。
「精密医療を全世界で平等なものに」というビジョンを掲げるPathGen Diagnostik Teknologi。同社の商品と事業には、インドネシアの地域格差とそれに伴う医療格差を克服する可能性が詰まっている。参考:
PathGen Diagnostik Teknologi
East Ventures
(文・澤田 真一)
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