新型ボディーになったiPad Air(左)と、さらにコストパフォーマンスに磨きをかけたiPad。
出典:アップル
2020年秋のアップル新製品発表は、例年とは違いiPhoneからではなく Apple WatchとiPadから始まった。
今回発表されたのはベーシックモデルである「iPad(第8世代)」と、その上位モデルにあたる「iPad Air(第4世代)」。miniは2019年、Proは2020年春にモデル更新が行われているので、これで、iPadのフルラインナップの入れ替えが完了したことになる。
では、それぞれの製品はラインナップの中でどういう位置付けなのか? ライバル製品との関係をアップルはどう考えているのか? そうした部分を分析してみよう。
ライバルはタブレットではなく「PC」「Chromebook」
ティム・クックCEOは、iPadシリーズが10年で5億台販売され、顧客満足度もずっと1位である、とアピールした。
出典:アップル
アップルは「iPadが顧客に支持された製品である」ことを毎回アピールする。確かにそれは事実だ。アップルのティム・クック CEOは、発表会の中で「iPadは10年で累計5億台売れ、継続的に支持されている」と話した。それはある意味、「改善を継続してきた強み」でもある。
iPadが登場して10年の間に、タブレット市場に見切りをつける企業が多いなか、アップルは(言葉を選ばずに言えば)「しつこく製品を改善し続けた」結果、累計5億台という数を売るだけのシェアを獲得した。
価格にフォーカスした製品を別にすれば、iPadに競合する商品性を持つタブレットを販売するメーカーの方が、いまや少数派だ。
以前からそうだが、アップルはiPadを他社の「タブレット」とあまり比較しない。
安価になったiPadのデモ。PCやAndroid、Chromebookよりパフォーマンスが高い、と数字を上げて強調した。
出典:アップル
今回も、アップルが主に比較対象として挙げたのは主に「他社のPC」、そしてアメリカの教育市場で大きなシェアを持つグーグルの「Chromebook」だった。Androidタブレットよりもそちらへの言及が多かった。
それらの機器とは教育市場や低価格な個人向け市場で競合しており、性能・機能の面で圧倒している……というのが、アップルの今の主張なのだ。
ひたすらコスパ重視の「第8世代iPad」
第8世代のiPad。デザイン自体はそのままで、それによってコストを抑えている。
出典:アップル
その前提に立つと、今回のアップルのラインナップの狙いは非常に明確だ。
キーボードやペンといった周辺機器には全ラインナップ(miniについては純正キーボードはないが)で対応し、サードパーティ製品も豊富。性能では他社を圧倒している……というメッセージングだ。
とりわけそれがよくわかるのが、スタンダードな「iPad」だ。
今回の製品のポイントは、プロセッサーが「A12 Bionic」になったことにある。メモリーやクロック周波数などの詳細は不明だが、A12 Bionicは現行のiPad ProやiPad mini、iPhone XSと同じ世代のプロセッサーであり、iPad Airの2019年モデルと同じもの。今でも十分に高性能だ。
新iPadの詳細。プロセッサーの更新による性能アップが最大の特徴になっている。
出典:アップル
(新型iPadと同じチップを搭載する)2019年版iPad Airは最廉価モデルで5万4800円(税別)。ストレージ量が半分の32GBになるとはいえ、価格が実質2万円ダウン。ストレージを128GBにしてもまだ1万円安い。
教育市場での競合は激化しており、アップルとしても、この市場は落とせない注力領域だ。だからこそ、従来以上に商品力を高めたモデルを投入したのだろう。
デザインがリニューアルされておらず、ホームボタンなどの構成やインターフェースが今までのままなのも、「価格重視」というこの市場の特性をあらわしている。
主要モデルが「最新設計」に移行、Proの性能をお手頃に
ティム・クックCEOは新iPad Airを「完全に再設計されたiPad Air」と呼んだ。
出典:アップル
一方で、モデルチェンジによって一気に攻めてきたのが「iPad Air」だ。新モデルは、平たく言えば「iPad Proと同じ世代の設計」にリニューアルされたものだ。
iPad Proと他のiPadはこれまで、インターフェイスや対応周辺機器、ボディデザインの面で一線を画してきた。「新規要素の先行投入」が行われるのが、これまでのiPad Proだったわけだ。
だが、今回のiPad Airの登場で、ついにメインストリームのデザイン世代が変更になった。この後価格がこなれてくれば、さらにこれがベーシックiPadに反映される……というパターンと推察できる。
iPad Airの詳細。機能的にもデザイン的にもProにかなり近づいている。
出典:アップル
だが、メインストリームへの導入ということで、Proとは違うことも行われている。
それは「カラバリの増加」だ。2000年代前半のiMac(まだブラウン管の時代だ)やiPod mini・nanoを思わせるカラー展開は、多くの人に好感を与えるだろう。それだけ扱うモデルを増やせるのも、メインストリームで「よりたくさん売れるモデル」だからだ。
カラフルなバリエーションは、メインストリームの消費者にはより響きそうだ。
出典:アップル
iPad Proの環境認識センサー・LiDAR内蔵の背面カメラ。カメラ部分のみ、Airとまったく形状が違う。
撮影:西田宗千佳
ディスプレイがわずかに小さく、輝度も100ニト低く、120Hzのフレームレートにも対応していないが、「Airはその差を重視する人が選ぶモデルではない」のだろう。
その分、当然価格は安い。とはいえ、最廉価モデルで6万2800円(税別)と、2019年モデル(5万4800円から)に比べ値上げされている。「Proの持っていたバリューをよりお手軽に」という位置付けだ。
Proは「プロに必要なもの」、一方で悩ましい「逆転現象」も
そういう観点で見ると、Proの位置付けはさらに明確になる。
よりメモリーがあり、よりストレージがあり、よりディスプレイ品質があり、より「先進的な機能デバイスが載っている」製品という形だ。それらは最新性能をつくり出す大事な要素だが、多くの人にとっては「価格に対してToo Much」である部分も少なくない。
特に現行のiPad Proは、LiDARを搭載した(少なくとも今は)唯一のアップル製品であり、来たるべきARアプリ時代の開発機材、という戦略的な側面も持つ。
デザインが酷似して、ディスプレイサイズが近しい11インチ iPad Proと今回のiPad Airは、特に悩ましい関係になった。ここで俯瞰してみると、「開発者もしくはアーティストとしての必要性」がないなら、今はAirでいい……ということになるのかもしれない。
今年のアップルにとって「A14」チップが重要な理由
iPad Airには最新の「A14 Bionic」を搭載。iPhoneよりも先に新プロセッサー搭載製品としてお披露目された。
出典:アップル
最後に悩ましいのが、おそらく今回の特殊事情と思われる「プロセッサー」だ。
例年アップルは、その年向けに開発した最新のプロセッサーを「iPhone」でお披露目してきた。
だが今回は発表時期に変化があった影響か、「iPad Air」に新プロセッサー「A14 Bionic」を搭載し、お披露目してきた。
従来、プロセッサー世代的にiPadはProといえども、iPhoneに比べて遅れていたのは事実だ。iPhoneでは2019年に「A13」世代が登場しているが、iPadでは製品サイクルの関係か、採用されず、2020年3月発表のiPad Proでは、GPUをわずかに強化した「A12Z Bionic」が使われていた。
最新のiPad Airが採用する「A14 Bionic」との速度差がどうなるかはまだよくわからない。アップルの主張を考えれば機能的には「ProよりもAirの方が多彩」という可能性は極めて高いが、CPUコア数とGPUコア数がProは8つであり、性能ではまだProの方が上であると考えられる。
それでも最新のプロセッサを使ったIPad Proの登場が気になるが、iPadの製品サイクルの場合、流石にプロセッサーだけを変えたものを半年のスパンで出すとは考えづらい。可能性だけで言えばゼロではないが。
この「A14」は、従来比の性能以上に、今年のアップルにとって非常に重要なプロセッサーになるだろう。
iPhoneだけでなく、2020年末にも登場する「Apple Silicon版Mac」での採用が予想されるからだ。ただ、A14についてはまだ不明点も多い。さらに取材を重ねた上でレポートすることとしたい。
編集部より:Apple A14 Bionicの性能について、筆者取材による情報アップデートがあったため記述を改めました。2020年9月16日11:00
(文・西田宗千佳)
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