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ベータマックスから16Kへ、ソニー世界最大Crystal LEDに“高画質の明日”を見る - AV Watch

今回の主役、ソニーPCLの平井純氏と記念撮影。マゼンタが幻想的なサンセットタイムの海での撮影に見えるが……

みなとみらいに“高画質の未来”が

港町、横浜。日本を代表するこの港湾都市は、近代以降様々な文化を洋の東西から取り入れながら、今なお時代の最先端を生み出し続けている。そんな横浜の気風濃いみなとみらい地区で「世界最高の画質体験が出来る」と聞きつけ、麻倉怜士氏は資生堂研究開発センター「S/PARK」へ。そこでは一面に広がる“ソニー製”南国の海の感動が、我々を待ち受けるのであった……。

麻倉:今回は“未来の高画質映像”について考えさせられる取材体験がありましたので、ご紹介しましょう。高画質の世界において、世の中の一般常識では「放送は8Kで打ち止め」と言われていますね。確かに今のところ、放送としてはそうかもしれません。

――ましてや8Kはここ数年で本放送が走りはじめたばかり。牽引しているNHKも「究極の放送」として長年研究してきただけあり、“次の一手は?”と問われると本命はなかなか見えてこない感があります。

麻倉:ですが放送に縛られないネット動画などのフォーマットとなると話は別で、その自由な発想は8K以上の可能性を持っています。こういうポスト8Kの近未来高精細映像を観るなら、横浜の「資生堂S/PARK(エスパーク)」が最高、というのが今回のお話です。

S/PARKは2019年4月にみなとみらいにオープンした、資生堂の研究施設です。正式名は資生堂グローバルイノベーションセンター。横浜郊外にあった研究所がここへ移転してきたそうで、従来は隔絶された社外秘の施設だったのですが、このS/PARKではみなとみらいという新興先端地域の特性を生かしたオープンスペースを新設。1階・2階はカフェスペースやショールームなどが入る開かれた場所になっており、上層階に研究施設が入っています。

施設名の「S/PARK」は資生堂の頭文字“S”と公園“PARK”を接合した造語。と同時に、火花を意味する“SPARK”ともかけているようで、多様な価値観が交わることで化学反応が起きて新しいものを生み出す、という意味もあるそうです。

みなとみらいにはエンターテイメントの面白さもさることながら、例えば日産自動車のグローバル本社やIBMの大和研究所など、先端企業も結構集まっている土地で、我々の業界で言うとS/PARKの隣にLGの研究所が建設中だったりします。こうした先端地区の街ナカに作る意義を問うた時、オープンスペースは活きてくる訳です。つまり単に秘密の開発拠点だけではなく、ユーザーや一般の方に会社の施設を開くことで、一般の人に資生堂を訴求できる。同時に研究者が肌感覚で社会の方向性というニーズを汲み取る事も可能です。

ではなぜ化粧品などで有名な資生堂で高画質かと言うと、S/PARKのロビーに16Kのソニー製Crystal LEDディスプレイシステムが新設されたから。サイズは対角約790インチという超巨大なもので、聞くところによるとソニー製のCrystal LEDディスプレイシステムとしては世界最大のサイズだそうです。

新しい意味でのユーザーや一般市民とのコミュニケーションを取り、資生堂の方向性を超高精細映像で見せる。研究開発センターにおいて、そういう役割を持っています。そこへ16K×4Kという世界最大のCrystal LEDディスプレイシステムが導入され、稼働している。こういう取り組みはなかなか珍しく、 “お隣さん”となるLGもこれに触発されたようで、建設中の研究施設にはオープンスペースを設ける予定だそうですよ。

冒頭の写真は、超巨大で超高精細なCrystal LEDディスプレイシステムの前で撮影したもの。あまりに高精細なので予めおことわりしておくと、今回掲載の画像はすべて現地で実写したもの。ハメコミ写真は1枚も使っていない

麻倉:大画面と画質との深い関係、それから大画面をプラットフォームとしてどんなコンテンツが制作されたか、というのが今回のお品書きです。大きさや画質についてこれからじっくりとお話しますが、ここで映写されているのはソニーPCLが制作した専用コンテンツ。これからの高精細映像の発展性を、技術的にもコンテンツ的にも非常に雄弁に指し示すものとして、大変注目するところです。

――そもそもなぜ資生堂のS/PARKにこんなにも巨大なCrystal LEDのシステムが入ったのでしょう?

資生堂グローバルイノベーションセンター“S/PARK”外観

麻倉:ではまずその辺りから話を始めましょうか。資生堂としてはS/PARKプロジェクトの初期構想段階から、オープンスペースの壁全面を画面にして様々な情報やメッセージを出す事を打ち出していたようです。しかし明るい空間でこれほどの大画面ともなると問題は表示デバイス。輝度が限られるプロジェクターでは限界があり、現実的な選択肢としてはLEDディスプレイしかありません。

今回のデバイスはソニーのCrystal LEDですが、決め手は近接視聴しても画素が見えないということ。一般のLEDディスプレイにはつぶつぶ感が多かれ少なかれありますが、例えば渋谷交差点のサイネージ郡の様に遠く離れて観ている分にはさほど大きな問題にはなりません。しかし今回のS/PARKは、映像に触れられる、映像を通じてバーチャルでオブジェクトに触れられる、そういう濃密なコミュニケーションがコンセプト。そうなると壁に近寄って目の前で観ることもあるはずで、もっと言うと概念的には壁がそのまま映像になっているものが必要なのです。

近年の高画質デバイスと言えばOLEDが頭に浮かぶ人も多いでしょう。実際にS/PARKでもOLEDの案はあったのですが、大型OLEDパネルは精々88型が今のところ限界で、壁一面の1枚パネルなどとてもではないですが製造できません。そうなると複数のモニターを敷き詰めるという方法しかなくなる訳ですが、これではディスプレイユニットのつなぎ目が出てしまい、巨大な一枚絵としてのリアリティを著しく削いでしまいます。理想は画面の向こうにあたかも一つの世界が存在する、そんな錯覚に陥るディスプレイ。視覚の中につなぎ合わせの線などあってはいけません。

そこで出会ったのがソニーのCrystal LEDでした。Crystal LEDの凄さはCESリポートをはじめ、様々な場面で話をしてきましたが、利点としては光源サイズが非常に微細で、近付いても全く気になりません。しかもブロックユニットを組み上げればつなぎ目も全く見えない。という事で、S/PARKには8Kを横に2つ並べた、19.3m×5.4mの超巨大16K画面が導入されることになりました。

ディスプレイの紹介パネル。オーダーメイドのCrystal LEDディスプレイシステム

麻倉:今回資生堂が価値を見出した大画面・高精細・つなぎ目なしのメリットですが、実は最近様々なところで使われだしています。元々は2012年の55型マイクロLED試作機。この時はブロックユニットではなくテレビタイプでした。2012年はOLEDの本格普及前で、具体的に言うと3Dテレビの末期辺り。そんな中で突然出てきて多くの人を驚かせました。

――前予告も無しに試作機が登場して“OLEDさえも超える二次元テレビの究極デバイス!”みたいな衝撃を業界に与えましたね。僕をはじめ「これが民生機として市販されたらどんなに素晴らしい絵を見せてくれるのだ!」と期待した人は多かったはずです。

麻倉:ただしこれをテレビとして組み上げるには、例えば4Kの800万画素の場合、RGBサブピクセルを考慮するとざっと2,400万のLED素子が必要となります。2,400万個もの極小LEDを不良品なしに敷き詰めるのは、量産時の歩留まりを考えるとあまりにハードルが高いでしょう。価格は高くなり、検品で大量の不良を出していたかもしれません。

これをCrystal LEDとしてブロックユニットにした、というのがソニーのラディカルな転換です。業務用大画面に的を絞り、製造面で見るとユニットにすることで不良が出たときの傷口が小さくて済む、つまり歩留まりが上がり、グッと量産の現実味が出てきました。

流れとして面白いのはサムスンが追従したこと。同じ様なマイクロLEDのユニットを作っていますが、近年のCESでは画質の良さもさることながら、自由な形にできることを訴求しています。実はサムスンはマイクロLED登場の前年に、CESでカタチを自由に変えられるテレビというコンセプトを打ち出していて、その文脈からマイクロLEDを活用したと見ることも出来るでしょう。

Crystal LEDを活用したシステムは大型で、コントラスト無限大の超高画質を出せる。OLEDと比較しても動画特性が有利。非常に緻密でクリアな絵を出せると、最高の画質クライテリアはCrystal LEDが持っています。それを活かすソリューションとして、今年のCESでソニーはバーチャルスタジオコンセプトを訴求。映画スタジオの壁面をCrystal LEDディスプレイシステムで敷き詰めることによって、あらゆる環境に変えられるというデモを披露しました。

ソニーが「CES 2020」で披露したバーチャルスタジオコンセプト。Crystal LEDを背後に設置し、そこに様々な映像を表示し、映画として撮影できる

このバーチャルスタジオは収録だけでなく、絵作りの現場でも活用できます。液晶やOLEDくらいのサイズではなく、壁面サイズの大きな画面で体感しながら絵作りすることで、よりコンテンツの本質に迫ったグレーディングが出来る。そんな映像制作におけるCrystal LEDの可能性、という訴求があったのも、このデバイスの魅力を上げています。

それで言うと今回のS/PARKは、“大画面高画質という可能性は凄くある”そう感じさせました。従来でもLEDを使えば、特大画面は作れていたのですが、S/PARKのそれは今まで見てきたものとは明らかに違う次元の世界だったと思います。

――他社、あるいは別方式などでいうと、阪神甲子園球場や東京競馬場に導入されている三菱電機の「オーロラビジョン」が超特大画面として名を馳せていますよね。ですが、あれらはそれなりの距離から視る画面で、今回のような“手を伸ばして届く距離”とは違います。

麻倉:もっと言うと、これまではLEDの画質性能が大画面に追いつかない、ということがあったんです。以前アストロデザインが400インチの特大8K画面をInterBEEで出したことがありましたが、これはブースの外壁を全部画面にしてしまう巨大サイズでした。

同社の鈴木社長は「8Kは特大画面のプラットフォームであり、100インチ程度ではなく数百インチクラスの大画面で観るところに良さがある」という思いを持っており、過去のインタビューでもそういう話を幾度となく聞いています。

しかし当時の技術として、そんな大画面を実現できるデバイスは、プロジェクターとLEDに限られていました。この頃中国ではLEDが盛んになっており、実際に数百インチほどのものはいくつかあったのですが、しかしこの時アストロデザインで視聴した感触は「タイリングの目地は見えるし、白は飛ぶわ黒は潰れるわで画質が悪い。これでは何のための8Kか」と。

結局アストロデザインも中国本土の企業ではなく、台湾デルタ社のプロジェクターテクノロジーを使って8Kを作る方針に転換。アストロデザイン、デルタ、(デルタ子会社の)デジタルプロジェクションという3社協業で、巨大画面8Kに挑んでいきます。

少し話が逸れますがこのデルタ、秋葉原にショールームがあり、実は8Kプロジェクターは日本にも結構入っているんです。昨今の情勢で「安全に観る」というスタイルをアストロデザインは訴求中で、舞台の収録コンテンツなどを配信する際に、8Kシアター活用を試みているそう。でもプロジェクターはシアターを構築する際にどうしても暗室が必要です。それを考えると、高画質で8Kの明るい部屋を実現できるのは、やっぱりCrystal LEDとなってしまうんですね。

話をS/PARKへ戻して。今回は8Kではなく16Kという超横長のスクリーン。このサイズでどの程度の画質が得られるかというのは、なかなか未知数なところがあります。問題はコンテンツです。つまり、Crystal LEDの高画質性能を活かすコンテンツは如何に作るべきか。そここそがポスト8K時代の映像制作への大きな期待なのです。

Crystal LEDの高画質性能を活かすコンテンツとは

麻倉:大画面と高画質の関係をもう少し掘り下げましょう。昔からの流れを考えてみると、画質と画面サイズには大きな関係があるんです。

時間をもう少し巻き戻し、テレビの画質開発において、三菱電機が80年代半ばに大飛躍した、ということがありました。当時のメディアはS-VHS全盛期で、ビデオレコーダーの画質は、ソニーとビクター、ちょっと下がってパナソニック、という実力順。ところが80年代後半くらいから三菱電機が凄く伸びてきて、デザインも含めて三菱電機のものづくりが良くなったんです。何と言っても画質が凄く良くなった。SDの時代ではあったけれど、ボケていなくて細部までしっかり解像していると評判でした。

その最大要因が大画面です。当時のリファレンス機材と言えば、ソニーが発売していた21型や27型の「PROFEEL」。27型で観たときにソニーは良さが際立っていました。そこへ85年に三菱がブラウン管で37型という一回り大きなモニターを作って、大画面の扉を開きます。100万円ほどする超高級モニターでしたが、同じ三菱のビデオ担当者がこれを見て愕然としたんですね。つまり、20型くらいのサイズで観ていてそこそこだった絵が、37型の大画面ではボケボケでサッパリダメだった。

フォーマットは変わらず画面サイズだけが大きくなるので、つまりは走査線の太さ、今で言う画素サイズが膨れたということ。当然ながら、絵はボケます。そうではなく、これからはこの様な大画面の時代が来るはず。この37型に耐える、細かい映像まで見えるエンハンスが出来る画を出そう。三菱はそういう方向に転化したんです。そうした努力の結果として37型でも満足できる絵が出るようになりました。それが20型にサイズダウンすれば、より凝縮されて高密度になる。というのがあの頃の三菱のVHSの絵でした。

そういう事からすると、画質は大きい画面で観ないと語れない部分が、確かにあるんです。私事で言うと、90年代前半にバルコのプロジェクターを入れ、SDながらも4対3の150インチスクリーンで観ていました。ここへLDプレイヤーやS-VHSデッキなどのいろんな機材をつなぐと、コンテンツによっては大画面でも相当しっかり見せてくれるもの、そうではないものがハッキリと解りました。

この様に大画面は相当シビアな画質測定装置です。小さな画面では見過ごされてきた様な部分が、大画面ではキチンと観えるのか。つまり大画面と情報量のバランスがどちらも満足できる、というのは相当難しい。これは今も昔も変わらぬ事実です。ところがS/PARKで流れている映像は相当スゴい。そのスゴさ、これからじっくり分析してゆきましょう。

麻倉:まずは浜辺の景色を描いた、水がテーマの最新作品「Journey of Wonder」(ロケ地:沖縄本島)について。本作では波の細かさ、浜辺における砂の粒まで見える解像感にまず驚かされます。波が砕けた時の細かい泡や、白波の微細なきらめき、ここがとても出ているんです。つまり大画面にしたときの見え方という要素の素晴らしさが活きていると言えるでしょう。

これまで超大画面の場合、解像力はある程度目をつむっていました。そうではなく、超大画面であっても超高画質が同時に実現されなければいけない。これはそういうとても難しい命題に挑戦した映像です。拡大してボケてしまうではなく、大画面でありながらひとつひとつの要素がもの凄く高精細。大画面を構成する細かな部分まで凄く解像していて、なおかつ大画面的な没入感や臨場感が同時に得られている。そんな次元の高画質でした。

もうひとつ、この映像は階調感と色が素晴らしい。手前に位置する砂は目を見張る白さ。ブルーで透明な海が広がる中に濃淡があり、それが水平線を超えて空へ向かう頃には違う青になる。そういうとても細かい色の階調が出ています。同じ海岸を撮った絵でも、波が立ってくる時の波の膨らみ方や、膨らんだ中での段差の付き方、細かい泡が出ては消えゆく動きの精細な変化など。こういったところが非常にリアルで、資生堂がオーダーした「目の前で見て大丈夫なもの」という、まさにその通りの絵です。

――息を呑む細密感というのは久しぶりの体験でした。これまでもアップルがiPhoneにRetinaディスプレイを採用した時など、従来とは次元の違う緻密な絵には何度か出会ってきました。ですが身の丈を超える巨大サイズの画面でそれまでとはレベルの違う細密感に驚かされたというのは、ソニーのプロジェクター「QUALIA 004」を初めて視た時以来でしょうか。あの驚きさえも今回は超えていた様に思います。

「QUALIA 004」

麻倉:QUALIA 004はいまでも世界遺産として所蔵しています。それはともかく、S/PARKの映像が凄いのは、画素的な構造は近くでも見えないということ。少し離れてより没入、近くで見ても高精細。そういう映像としての二面性を持っています。

青い海をバックに、画面左端に岩があり、その上に赤い服の女優が立つという構図のシーンがあるのですが、岩の細かい穴と凸凹なテクスチャーが非常に出ているのには感心しました。遠くから見て岩の塊感があるのが、だんだん寄ってゆくと塊の中にもの凄く細かい情報が出てくる。大小様々な穴や凸凹の高さ、その穴のハイライトやシャドウが入り組んでいて、全体的に影と光が分離する中で、かなり近接してみると穴の中は確かにシャドウで外はハイライト。岩の描写ひとつを取っても、その中に小宇宙を感じます。

澄み渡る南国の海が印象的な、新作映像。驚異的な精細度と豊かな色彩、そして視野に入り切らないほどの大画面が、映像への圧倒的な没入体験を生み出す

麻倉:ハッキリ言って、こういうものはなかなか観られないでしょう。つまり大画面でありながら画面の隅々まで超高精細。様々な方向性の高画質を多数見てきた私ですが、それでもこんな映像は初めて観ました。

これはS/PARK用にソニーPCLが創った16K映像としては第2弾で、第1弾は「Another Wonderland」(ロケ地:屋久島・長野)の映像。こちらも凄く頑張っていてよく撮れています。でもこちらは、後で話をする“秘密のテクノロジー”が入っておらず、確かに凄く頑張ってはいるものの、従来の8Kの延長にある感じがしました。

今回の「Journey of Wonder」の映像の凄さは、これまで考えられた8K映像ではない、というところが明確なこと。世の中に16Kカメラはまだ無いので、収録は8Kをパラで撮り、左右でつなげた、言うなれば“二台8K”です。ここで上映されているコンテンツはあと3つあるのですが、それは8K的な感じです。でもこれは8Kを超えていて、まるで超高性能な16Kで1発撮りをした印象さえ受けます(もちろんそんなカメラは世の中にありません)。

インプレッションをもうひとつ、手前に丘と緑、奥に海というシーンを紹介しましょう。広角の引き絵なので距離感がはっきりしていて、近景・中景・遠景の臨場感、その場に居て奥行きを体感する印象を受けます。ところが画面に近付いて視てみると、丘の上では葉の1枚1枚がしっかり解像しており、その中に佇む女優は距離感を持って風景に溶け込むんです。遠景でありながら波のダイナミックな動きが手に取るようにわかる。パースとしての臨場感とモノのテクスチャーとしての細密感みたいなところが、一体で見えています。

水で言うと、滝のシーンも素晴らしい。落水の迫力と音の現実感もさることながら、下の滝壺で見える飛沫が非常に細かく立っています。上から水が落ち、その勢いで細かな波や飛沫が発生する、そういう現象を見せる感じがとてもリアルに出ています。これは本当に感心しました。

――被写体としての水というのはかなり難しいんですよね。透明で色もカタチも自在に変え、静も動も内包する。見る人によってその印象は千差万別なだけに、製作者の意図も視聴環境の実力も色濃く映し出す鏡の様な性質があります。それがこの作品では、遠景の海のたおやかさも、滝をゆく激流も自在に表現しきっていた。視界に入り切らない巨大画面も相まって、映像の世界に吸い込まれてゆく感覚に陥りました。

麻倉:映像に吸い込まれるその感覚こそ、今回のS/PARKが狙った体験そのものなのです。と言うのも普通、体感的な没入感や臨場感は、画面が大きくなければ得られません。それで言うとこの映像は、ある程度近づくと大きすぎて全体を視野に入れきることが出来なくなり、キョロキョロとあちこちを見渡さないと、どこで何が起きているか分らない様になります。

これこそ我々が常に感じているリアルな光景であり、人間の視野で感じる景色とはこういうものです。同時に、どこまで細かく見せるのかというところを突き詰めてみれば、もの凄いレベルまで出している。この2つが両立しているのがスゴい。実はこれ、意識的に技術開発した結果であり、それが今回の画質的ポイントなのです。

細かな部分まで徹底的に描写し切ることで、現実と見紛う立体感を二次元映像に見るだろう。それが視界いっぱいに広がると、圧巻の一言に尽きる。こんな映像体験、他ではそうそう出来ない

麻倉:鍵を握るのは、超大画面超高精細用のスペシャルアルゴリズム。このくらいの大画面で観ることを前提にすると、従来の8Kカメラによる撮れ高ではお話にならないくらいボケてしまいます。なぜかと言うと、8Kカメラはサンプリング周波数を支点とした折返しノイズが必ず入るからです。いわゆる“ナイキストの定理”と呼ばれるもので、20kHzちょっとまでしか再生できないCDが44.1kHzまでサンプリングしているのと同じですね。

この折返しノイズを除去するために、多くのカメラでは高域をカットするローパスフィルタをイメージセンサーに備えています。しかしこのローパスフィルタが信号の振幅にも関わり、高域の振幅が減衰し過ぎてしまう。これが現状の8Kカメラの問題点なのです。100インチくらいの8Kテレビならばそれほど気にはならないでしょうが、超巨大画面として数百インチになると、この問題が広域情報の欠落として顕在化します。つまり「8Kなのに何かボケてないか?」と思わせる絵に、何もしないとなってしまうのです。

これを解決するにはふたつのアプローチがあります。まずは問題の根源である、折返しノイズ除去用ローパスフィルタの改善という方法。もうひとつはカメラ内では処理しきれない情報量をいなすため、コンテンツ制作時に回路レベルでの信号処理をかけるという方法です。

最高峰画質、あるいは“まだ見ぬ異次元画質の世界”を目指すのならば、どちらか1つではなく、このふたつがどちらも必要なのです。ところが8K制作の現状で言うと、今は“8Kカメラは神様”の様な扱いを受けている。

――現状最高のフォーマットなので、そういう錯覚に陥ってしまいがちです。でもこれは「スペック主義の罠」と言えるものかもしれません。“史上最高”は常に更新され続けるのが、歴史の常なのですから。

麻倉:そうではなく「8Kカメラ自身に問題あり」と鋭く見抜いたのが、今回の技術を開発した平井純さんです(ソニーPCL 技術開発部門 制作技術部)。往年のAVファンには「元々ベータマックスの画質を担当したエンジニア」と言えば伝わるでしょうか。私とは40年来の付き合いで、お会いする度に「彼の技術はスゴい」と毎回思わされてきました。

三菱の画質躍進の話でも触れましたが、ビデオテープの時代はソニーとビクターが“黙っていても”素晴らしい画質を見せてくれていました。平井さんはその絵を作っていた、まさにその人で、特に「情報量をキチッと出そう」という方針を掲げ続けて、ベータの絵を守り、発展させ続けてきました。

家庭用ビデオは70年代後半に出てきたのですが、当時は録画によるタイムシフト視聴という概念があまりに革命的だったので、世間一般的には「録れることが重要」という考えが支配的でした。でもソニーはアプローチが違った。何故かと言うと放送局用のカメラやシステムといった機材を作っていたからです。「放送局ではこのくらいの絵で収録されているはずなのに、電波を通して家庭で見る頃には品質が下がってしまう」と、ソニーの中の人達は業務用機と民生機の差に疑問を感じていました。

ここで「民生機も何とかして放送局のクオリティに近づけられないか」と、画質担当の平井さんが頑張っていたのが「ノンリニア・エンファシス」という技術です。解像度のカギとなる高域信号にはノイズが発生しやすいですが、その高域ノイズはどちらかと言うとVTRや信号処理などの機器の中で出ることが多いのです。ということは、まず入力信号の高域を増幅し、出す段階で高域を減らしてやればいいじゃないかと。カセットテープのドルビーNR(ノイズリダクション)と同じ考え方ですね。

――一時的に高域を増幅して微細信号を扱いやすくし、処理した後で元のレベルへ戻す。これで相対的にノイズレベルが下がり、結果的にSN比が良くなると。何とも上手いことを考えたものです。

麻倉:ドルビーNRは入ってきた全体をそのまま一定で処理していた、つまりリニア処理でした。平井さんがスゴいのはこれをノンリニアにしたこと。つまり全体処理ではなく、重要なところだけ増幅したのです。エネルギー的なエントロピーの中で信号を全部使うのではなく、大事なところだけ使う。すごく効率的なやり方です。この偏重増幅によるノイズリダクションでS/Nが稼げる、つまり“実のある信号”が多くなり、ノイズをあまり心配せずに高域強調が出来る。これがベータの絵の良さの秘密でした。

一般的には高域を増幅するとノイズも増えます。どちらかと言うと先程述べた三菱電機はそうで、絵は全体的にクッキリするが、ノイズも一緒にエンハンスする傾向にありました。ベータはそうではなく、ノイズは抑えつつ映像はクッキリしていた。これがアナログ時代の画質技術の華でした。平井さんとはそういうものを発明した人なのです。

平井さんはデジタル時代でも画質屋を続けましたが、二人で話をしていると「デジタルは何だかカチカチしてギザギザだね」と、デジタル映像の硬さに不満を持っていた事を覚えています。アナログ的滑らかさやしなやかさが、線の描画にも階調にも欲しい。「滑らかさを持ったデジタルが欲しい」と言っており、そういう研究を続けていました。ソニー退職後にソニーPCLへ移り、持っている画質テクノロジーを自社製品の中に活かす研究を続けて、今に至るというわけです。

例えばクライアントが映像制作・処理の依頼をポスプロへ出すとして、複数のプロダクションの絵を見てみると、同じカメラで撮った様なものでもソニーPCLの絵が断然良い、となるでしょう。そうなると平井さんの技術がプロダクションのアドバンテージとなる。そういう成果が今回入っている技術なのです。名付けて「HIRAI SHR(スーパー・ハイ・レゾリューション)」(注:私が名付けました)。

具体的に何をやっているかと言うと、まずカメラのMTF特性を徹底計測します。ただしMTFは光学系の話なので、ポスプロでどうこう出来る次元ではありません。なのでここには光学系に手を付けたりはせず、電気系の信号特性、特に折り返しノイズがどのくらいF特に影響しているかを調べ上げ、ここを叩き直すのです。このF特にまつわる操作がポイント。カメラ個体毎のキャラクターを活かしながら、そのキャラクターに乗ったカタチで高域信号が出るような方向にカメラ内設定を変えてゆく、というのが実際の作業です。

――つまりデジタルパラメータのカスタムチューニングですね。あるいは「カメラの個性を伸ばしてやる」と言い換える事も出来るでしょうか。何れにしても、この次元だともう職人技の領域です。

麻倉:たとえ同じモデルだとしても、個体別に見てやると折返しノイズを凄く抑制するカメラ(言い換えれば高域が出にくい性格の個体)もあれば、別のカメラは特定の帯域にトンガリがある、などといった個体差を持っています。こういった特性計測をまず分析し、高域をしっかり伸ばしながらノイズを潰してゆく。こうすることでカメラのデフォルト状態よりも格段に使える情報量が増えるのです。

もちろんカメラ内チューニングだけでは限界があります。そういったネックポイントの補正は帯域別に超解像をかけたりするなど、ポスプロ作業で仕上げてゆく。撮影時のカメラ調整と編集時の補正という、ふたつの画質改善プロセスが、このHIRAI SHRの正体です。

――才能を持ったトップアーティストの能力を更に引き出す、トレーナーの様な役割に見えます。使うモノの能力を上げるのはもちろん、使うコト・使い方のレベルを引き上げてやることで、より素晴らしい成果が得られるのですね。

麻倉:更に今回は、目的がS/PARKのCrystal LEDでの上映とハッキリ決まっていました。つまりパラメータとして、カメラ/ポスプロにCrystal LEDを加える事が出来るわけです。という事は、ですよ。Crystal LEDのコントラストや応答速度といった特性もキッチリ計測すれば、コンテンツ編集時にこれらを加味することでデバイスに最適化できるではないかと。

この様に最終的にアウトプットが決まっていれば、より高度な最適化が望める事を平井さんは証明してみせました。今回はS/PARKの約790インチCrystal LEDですが、もちろんこれに限らず多様なモニターデバイスへの最適化も可能でしょう。こういう事を積み重ねた結果の刮目すべき超高画質映像が今回のものであり、単に細かいというでなく、大画面の隅々まで高精細という驚きを見せるのです。その意味で世界最大の16K Crystal LEDにおいて、HIRAI SHRは世界最高の画質技術です。

――ターゲットを絞ることで人類はここまでの絵を出す次元に到達したという様な、凄まじいチャレンジ精神を見せられた様に感じました。ところでこの技術、今回はS/PARKの映像で使われましたが、今後の発展性としてはどうでしょう?

麻倉:確かに今回は特別な技術でしたが、商品としては色や階調の改善、超解像といった技術も開発していて、今後はこれらを画質改善パッケージとして提案してゆくようです。「RS+」と名付けられた4K・8K向けの高画質化ソリューションで、今回のHIRAI SHR程ではないにせよ、既存素材のリマスター作業などでスッキリとした情報量の多い絵が期待できるそうです。8月からBSフジで放送されている反町隆史主演の旧作ドラマ「ビーチボーイズ」で、リマスターにこの技術が採用されているそうです。旧作のリマスターというのは重要なテーマのひとつなので、こちらも是非取材をしましょう。

――他のテーマで言うと、例えばそのうち8K化してゆくであろう映画館もあるでしょう。8K化の暁には、こういう技術が凄く活きてくる気がします。加えて映画館は一般家庭よりも機材の種類を絞りやすく、リファレンスはある程度限られてきますよね。IMAXではないですけど「この機材にベストマッチな画質で創りました」という提案は出しやすそう。近いところだとソニー・ピクチャーズなんかが協業すると、世界的に注目されそうな気がします。

麻倉:確かにそのセンはありそうですね。これまで平井さんがやってきた事としては、メディアを通して来たものに対して、ソースの加工で何とか高画質化を目指していた訳で、送り手・メディア・受け手という流れの中では、受け手だけでやっていた画質改善でした。ところが今回は送り手、つまり最初にあたるコンテンツ制作の段階から手を入れています。上流から下流まで平井さんの目が行き届いている、だからこそ出来たことです。映画はまさにそういう世界ですから、大きく期待したいです。

こちらは屋久島で撮影したという第1弾映像「Another Wonderland」。実写の森林を舞台にCGの動物達がダンスを繰り広げるという、ご近所の幼稚園児に人気の作品

これからの“高画質”

麻倉:さて、これからの高画質について、今回の取材から少し考察してみましょう。まず考えるべきは「カメラは今のままでいいのか?」。事実NHKのBS8K放送を見ても、やっぱり解像度はもっと欲しいというところはあります。そこはカメラの問題かもしれないし、圧縮コーデックであるHEVCの問題かもしれません。しかし原点は何と言ってもカメラ。カメラとレンズが良くなければ、後処理で何とかしようにも限界がある訳です。そのカメラから叩き直していった、というのが今回最大のポイントです。

これからの時代における超大画面な高精細映像、と言うよりも“生々しい映像”というものを考えるにあたって、カメラの占める割合は非常に大きいでしょう。8Kカメラは決して“神様”でも“聖域”でもありません。冷静にチェックして、もし高域が足りないなどといった違和感を持ったならば、その問題を解決してやらないといけないのです。

今回のものは基本的に8Kフォーマットに準じています。そのフォーマットが持っている最大限のリソースを、絵の出発点からまず詰め込んでゆく。そういった凄さがS/PARKの映像にて結実したのではないでしょうか。「高画質化は8Kが打ち止め」などでは決して無くて、まだまだやることは沢山ある。そんな事が解る映像体験だった様に思います。

――そのために最も重要なのはやっぱり、クリエイターやエンジニアが画質の問題点を発見する力でしょう。如何に技術を持っていようと、使い方を知らなければ効果を発揮することは無いのですから。とどの詰まり、高画質とは人間が“創り上げる”もの。より高度な次元になればなるほど、最終的には機械的・物理的な精度よりも人間の力がモノを言うのだと感じました。

取材にご協力いただいたソニーPCLの皆さんと記念撮影。左から、戸田祐子さん(プロデューサー/クリエイティブ部門・コンテンツクリエイション部・ビジュアルコンテンツ課)、平井純さん(技術部門・制作技術部)、麻倉氏、三井孝浩さん(クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ部門・コンテンツクリエイション部・ビジュアルコンテンツ課)、嶋村和則さん(ソニービジネスソリューション 営業部門・企業ソリューション営業部・企業営業課セールスマネージャー)、細田昌史さん(テクニカルスーパーバイザー/ビジュアルイノベーション室・ビジュアルイノベーション課)
S/PARKは1階がラウンジスペースに、ガレリアの2階が資生堂のショールームになっていて、ここまでは誰でも自由に入れる。階段の裏手にはパーラーも営む資生堂ご自慢のカフェスペースもあるので、横浜の新しい観光スポットとして立ち寄りたい

おまけ:メ~テレ、8K頑張ってます。

麻倉:今回は人類の最先端画質を見せてくれたソニーPCLのお話でしたが、8Kでも頑張っているところがあるので、オマケとしてこちらも紹介しましょう。

まず現状の8Kの放送ですが、実用化しているのは世界的にもNHKだけというのは周知の事実です。せっかく素晴らしい環境を他でもない日本で開発していながら、当の日本の放送業界は8Kを真面目にやろうとする素振りがほとんど見えてきません。

――正直民放各社からは8Kの“ハの字”も見えてこない……

麻倉:そんな状況にガツンと物申したこの前の「4Kやめちまえ!」発言、実は結構話題になっているんです。大きな流れとまではなっていませんが、実は業界中あちこちで同調意見多数。「表沙汰では言えないけれど、心のなかでそう思っていました」「先生よく言ってくれました!」と言う声を、どこへ行っても聞いています。関係者と話をすると「今のままならば、あんなものはやりたくないし、お金の無駄遣い」「投資もできなければ将来性も無い」「先生が仰ったように、発展をさせるならばチャンネルをまとめて4K・8Kをやるしかないでしょう」という意見がよく挙がるあたり、やっぱり現状は大きな問題を抱えていると考えている人は多いようです。

――そういう意見が顕在化しただけでも、あの記事には大きな意義があったのだと思います。誰かが問題提起しないと前には進まない、ジャーナリズムとして、その役目をある程度果たせたのだと。

麻倉:そんな中で、地方局で8Kを頑張っているのがメ~テレ(名古屋テレビ)です。閻魔帳でも何度か取り上げた通り、メ~テレは民放で8Kに頑張っている数少ないテレビ局のひとつ。何故8Kをやるのかという話を同局技術局長の村田実さんから聞いたことがありましたが「放送というものは技術革新があるからこそ繁栄してきた。それならば技術革新が出てきた時に取り組まないのはおかしいのではないか」という意見が返ってきました。

メ~テレが凄いのは、放送で流す前提ではなく8Kを撮っていること(もし8Kの新局が出来れば撮った映像は当然流れるでしょうが)。2018年春頃にアストロデザインとシャープの協業による8Kカメラを購入し、活用しています。撮影されるのは基本的に地元名古屋地域での映像で、昨年の活用例として、イリュージョンの8K 3D収録、花火大会の8K収録などがあったそうです。

そんな8K収録活動も今年はコロナ騒動で中断していましたが、この夏にAKB48メンバーによる新ユニット「I×R(アイル)」の有料オンラインライブが渋谷のライブハウスで開かれ、その収録で活動を再開しました。メ~テレ8K班は限定招待制のこのライブで8Kの3カメ収録を敢行。自社所有機は1台だけなので、残り2台をアストロデザインから借りたという気合の入れようです。

――アイドルものの8Kというと、乃木坂46の神宮球場ライブを収録したのがありましたっけ。Perfumeも8Kライブ収録があったと思いますが、いずれもBS 8Kで放送された、NHKチームの収録ですね。

麻倉:今回は場所も渋谷で、同社が従来からやってきた中京地区ではありません。では何故メ~テレがこれを8K収録したのかと言うと、業界の流れが今8K収録へ向いているからなんです。

コロナ下の今、映像収録はかなり活発になっています。世界的にもコンサートやライブの生配信サービスが急増していますが、今の映像フォーマットは720や1080などのHDが基本で、視聴デバイスはPCやスマホ、タブレットなどがほとんど。でも将来を考えると、8Kテレビにアプリがインストールされており、そこから直接テレビ視聴ができる、という環境は当然考えられます。

だったらば、ですよ。今の段階から8Kで撮れるなら、将来8Kコンテンツとして出せるし、今でもダウンコンで4Kでも2Kでも出せる。なおかつ大画面での上映会もできますよね? という様に8Kで撮っておいた映像は、今の段階でも上映機会が増えるんです。これは言い換えると“収益機会が増える”。従来的なHD収録では厳しかった可能性が、8K収録ならばうんと広がる。こういう事に業界が気付きはじめたワケです。

この様に今、8K機運とも言うべきものが業界内で高まっています。加えてもうひとつ、ライブに対する公的な助成金も今は結構用意されていて、この助成金を8K収録に使おう、という流れも出てきている。これも追い風になっていると言えるでしょう。放送としては限られた局でしか出ていないですが、そこにとらわれず8Kコンテンツを作ってゆこうという流れが、社会情勢も相まって出てきている。こういった流れの象徴として出てきたのが、今回の8K渋谷ライブなのです。

――よりリッチな上映環境に耐えられる8Kならば、色んなシーンで何度も上映することが可能だと。これはひとつ、8Kの大きなメリットを発見しましたね。

麻倉:今回は正面と左右にそれぞれカメラを設置しての全尺収録でした。8K機材にはまだ限りがあり、生中継での8Kスイッチングに対応する機材はほとんど存在しません。全編ノーカットの“8K完全版”で、一度撮っておけば、多様なスタイルで流せます。この様に一度8K素材を収録しておけば、プロダクションマスターにもなり、コンテンツにもなるのです。もちろん8Kだけでなく、4Kや2Kでの放映も可能です。

そういう目論見もあって今回名古屋からカメラを持ち込み、2部構成合計2時間ステージの8K収録に挑みました。グッズもしっかりと売れたらしく、イベント全体で見ても大成功でした。

AKB48のスピンオフユニット「I×R」による渋谷ライブをメ~テレが8Kカメラ3台体制で収録。まだ手探りな部分も多い8K収録だが、高画質フォーマットならば“再演”の可能性はウンと広がる。これはコンテンツを送る側にも受け取る側にも、かなり大きなメリットとなる

麻倉:これは単純なイベントのライブ配信ということに留まらず、HDでやっている現在のスタイルをどう4K/8Kに拡大してやるか。そういうロールモデルになりそうです。

話を8Kインタビューに戻して。先述の通り8Kは在京キー局も地方局も殆どやっておらず、民放で頑張っているのはメ~テレと関西の関西テレビか毎日放送くらいです。メ~テレ技術戦略部長の小林さんによると、最初こそ8K班に対する社内の理解が少なかったものの最近は「メ~テレが8Kを頑張っているらしいぞ」という評判が業界内で話題となり、いろいろな方と連携がしやすくなったんですって。

これが面白いのは、技術局だけでなく社内やグループ会社から8K話の声がかかるようになってきたこと。現業では8K放送なんてやっていないので優先順位が低かったのが「8Kを撮らない?」と話が持ちかけられるように。ここにきて8Kをやるという価値が社内でも認められるようになったワケです。

今回の収録についてカメラマンに聞くと、難しいのはフォーカスだったそうです。歌って踊るアイドルものだから、動きが激しいんですね。「フォーメーションもガンガン変わるので、小さなファインダーだけでの確認は限界があります。ちゃんと撮れているのか、そこはちょっと心配でした」と。

――メ~テレって実は、エンタメに結構積極的な局なんですよね。CSに『エンタメ~テレ』というチャンネルがありますが、アイドルものは中心コンテンツのひとつ。もっと言うと、エンタメ~テレのスピンオフ的な立ち位置で『Dance Channel』という各種ジャンルのダンス専門チャンネルを作っちゃうくらい、このジャンルに力を入れているんです。その意味でも今回の収録は実に“メ~テレ的”。是非もっと多様な可能性を追求していってほしいです。

麻倉:「これまで8K映像は風景などの静物がメインでしたが、今回は如何に人を8Kで撮るか。そういうところで、今回のアイドルものはとてもワクワクしています」と関係者が言っていました。メ~テレの8K大冒険はまだまだ続きそうです。

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