●WWDC初日の基調講演の発表を振り返る
なぜApple Siliconに移行するのか? 全MacファミリーをApple Siliconに置き換えられるのか? macOSがiPadOS化する理由は? iOSの標準ブラウザ変更を認めた理由は? 基調講演から読み取れる3つのテーマに沿って、WWDC初日の発表を振り返る。
完全オンラインのWWDC、これまでにないスタイルの基調講演
PowerPCの採用(1994~96年)、OS Xへの移行(2001~03年)、Intel CPUの採用(2005~06年)と、Macは過去に3回の大きな転換を乗り越えてきた。2005年のWWDCの基調講演で、MacのプロセッサをPowerPCからIntel製に移行させることを発表した時、Steve Jobs氏は「Intelのテクノロジーは今後10年間、最高のパーソナルコンピューターを作るのに役立つと考えています」と述べた。当時、Intel CPUについては、Microsoftとのライバル関係からAppleが回避する可能性も指摘されていたが、同社はシンプルにより良いMacを作るためにIntel CPUを採用した。最高のデバイスを作るために「必要なものは取り入れる」のがAppleの基本姿勢だ。
15年後、WWDC 20の基調講演で、AppleはMacのプロセッサをIntel製から独自開発のARMベースのApple Siliconに替えるプロジェクトを発表した。ここ数年、Intelは困難な時期を過ごしているが、長期的な視点で巻き返しを図っており、今後の可能性も含めて考えるとARMベースのSoCが総合力でIntel製を上回れるかは分からない。移行のリスクは否めないが、Appleは独自開発のカスタムシリコンの可能性に賭けた。それは「最高のMacを作るため」であり、今回はプロセッサの移行だけではなく、macOSのデザイン刷新も発表した。OS Xから続いたMac用OSの10.x時代がついに終わり、macOS 11として新たなスタートを切る。「macOS Big Sur」の登場は、事前のリークや噂がなかっただけに、今回のWWDC基調講演で最大のサプライズになった。そして、これからのMacの進化を見通すうえで欠かせないiPhoneとiPadの存在。iOSとiPadOSにも意義のあるアップデートが提供される。
新型コロナウイルスの影響で、初の完全オンライン開催となったWWDC 20。基調講演も、いつものようにステージから会場の観客に向かって講演するのはなく、カメラの向こうにいる人達に語りかけるように、Cook氏と各製品の開発チームのリーダーが交替で発表や説明を行った。ライブ講演ではなかったため、通常の基調講演のようなイベント感はなかったが、ライブ講演のようにスピーチが不安定になることはないし、トラブルフリーで安心して見ていられた。また、最初から複数の言語で字幕が用意されているなど、情報発信の場としてはいつもの基調講演より充実していて、これはこれで今後も継続してほしいと思った。
基調講演はCook氏の挨拶、人種差別問題やインクルージョンの取り組みについて語ったイントロダクションで始まり、「iOS 14」「iPadOS 14」「AirPodsファームウェアアップデート」「watchOS 7」「プライバシー保護の取り組み」「Home関連とtvOS 14」「macOS Big Sur」「Apple Silicon」の発表が続いた。
約1時間50分、それでも駆け足になった盛り沢山の内容であった。ここでは、これらの発表の背後にあった3つの大きなテーマ、「Appleプラットフォームの体験」「次世代のパーソナルコンピュータ」「プライバシー」から、今回の基調講演を振り返る。
iPad化でMacはモダンに、Mac化でiPadはより機能的に
Alan Dye氏 (ヒューマンインターフェイス担当VP)がmacOSの新デザインのコンセプトについて説明したビデオによると、見た目の複雑さを減らし、OSの要素ではなくコンテンツにユーザーがより集中できるデザインを目指している。例えば、ボタンやコントロールは必要な時のみ表示される。アイコンの形状の見直しからスタートし、ボタンやコントロールを改良、各種シンボルマークに一貫性と識別性を持たせ、奥行きやシェード、透過で階層を表現している。そして、他のApple製品との間で統一感のあるデザインに留意した。
その結果、macOS Big SurはiPadOSの雰囲気をまとうようになった。通知センターやウイジェットのデザインも共通化されていて、iOS/iPadOSの機能であるコントロールセンターをmacOSのメニューバーに採用した。そのため、macOSの「iPadification」という言葉が広まっている。
しかし、macOSのiPad化だけが進んでいるわけではない。昨年のiOSからのiPadOSの独立の際にはiPadのMac化が指摘されたし、iPadOS 14にはコントロールを集約するサイドバーとプルダウン操作が可能なツールバー、ユニバーサル検索などが採用され、よりMacに近づいている。MacとiPadは異なるデバイスだが、デザイン要素やUI、操作性の統一が図られており、ユーザーはハードウエアの違いほどの差を感じることなく、どちらも使いこなせる。macOSのiPad化とiPadOSのMac化を進めることで、AppleはMacをよりモダンに感じられるものにし、iPadをより機能的に感じられる存在にしている。
iOS 14でも、これまで大きな変更や機能追加を避けてきたホーム画面の見直しに着手した。ウィジェットの機能やカスタマイズ性を高め、そしてホーム画面にも配置できるようにしている。ウイジェットは、iPadOS 14やmacOS Big Surと共通性が保たれており、ほかにもSiriのコンパクトデザイン、新しいマップやメッセージの機能や操作性など、さまざまなところで統一が図られている。
異なる種類のデバイスでも、Apple製品なら目的の操作ボタンを簡単に見分けられ、すぐにコントロールを把握できる。そして、どのデバイスでも同じようにコンテンツに集中できる。iOS/iPadOSとmacOSの間に広がる類似性は、Apple OSと呼べるようなApple製品に共通する体験である。
独自技術やソフトウエアとの統合がApple Siliconの肝
ARMベースのプロセッサを搭載するモバイルPCはすでに存在するが、プロフェッショナルユーザーのニーズを満たすようなデスクトップやノートを含むMacファミリー全体をApple Siliconで置き換えられるだろうか。
iPhoneが搭載するAシリーズのSoCは、すでに10世代の進化を遂げており、その間にCPU性能は100倍に向上した。A5Xから、大きなRetinaディスプレイのためにGPUとメモリサブシステムを拡大したiPad向けのSoCの提供も開始し、これまで1000倍のグラフィックス性能の向上を果たしている。Aシリーズの進化の歴史は、ARMアーキテクチャのApple SiliconがMacでも有効である可能性を示すとJohny Srouji氏(ハードウエアテクノロジ担当SVP)は主張した。
Srouji氏は「高パフォーマンスには電力が必要」と述べながら、Apple Siliconは「消費電力を抑えて高いレベルのパフォーマンスを実現します」とした。謎解きのような説明だが、Apple SiliconはAppleがMacファミリー向けに独自設計するSoCである。これからのMac、そしてコンピューティングの方向性に沿ってグラフィックス性能やAIを活かし、ユニークな機能や技術を実装することで、単純な処理性能ではなく、Macとしての性能を引き上げられる。そうしたシリコンレベルからのハードウエアとソフトウエア、サービスの統合がMacの次の飛躍につながる。
移行については、前回Power PCからIntel CPUに移行した際の方法を踏襲する。Xcodeを使ってIntel CPUとApple Siliconの両方に対応させる「Universal 2」でコンパイルされたユニバーサルアプリなら、Intel MacとARM Macのどちらを使っていても自動的に適切なネイティブアプリがインストールされる。Universal 2でARM Mac対応していないアプリについては「Rosetta 2」を用意、Intel Mac対応アプリをARM Mac互換に変換して利用できるようにする。つまり、エンドユーザーはプロセッサの移行を気にすることなく、Macとアプリを使い続けられる。
今回は、前回のPowerPCからIntel CPUよりもスムースな移行になるはずだ。前回は、CodeWarriorなどXcode以外の統合開発環境を使う開発者が多く、まず開発者のXcodeへの移行を促さなければならなかった。そのためRosettaが活躍したが、ユニバーサルアプリに比べるとパフォーマンスが劣る。今日のMac用アプリの開発者はXcodeを使用しているので、アップデートが止まっているアプリでない限り、ARM Mac登場のタイミングでユニバーサルアプリが用意されると予想できる。移行期間は前回と同じ2年。前回は、WWDCから1年半とかからずに、Macのラインナップの移行を完了させた。
Apple Silicon搭載で、Mac、iPhone、iPadが共通したアーキテクチャを持つようになれば、開発者がこれまでよりも簡単にAppleプラットフォーム全体にアプリを提供できるようになる。
●プライバシー保護はパーソナルデバイスを作るAppleの行動原則
Appライブラリでの提案、手書き文字の正確な選択、オフラインでも使える翻訳アプリなど、さまざまな新機能でNeural Engineが活躍する。これらはAppleのプライバシー戦略の賜物といえる。AppleがAI解析をクラウド任せにせず、オンデバイスの機械学習機能に力を注いできたからだ。
基調講演ではほかにも、この秋に提供する予定のたくさんのプライバシー保護強化が紹介された。
内容盛りだくさんのキーノートにおいても、Appleは「プライバシー」について語るセクションを設けた。そうしたプライバシー重視の姿勢を、Googleとの競争におけるマーケティング戦略と見なす人もいる。
だが、AppleはGoogleとの競争どころか、Googleが誕生するよりずっと前からプライバシー保護を企業の行動原則としてきた。例えば、1977年に「Apple II」を発表した時、同社がアピールしたのはフロッピーディスクドライブを搭載したことではなかった。メインフレームと違って、自分だけのフロッピーディスクに自分のデータを保存して自分で管理できる。自分のデータであり、だからApple IIは“パーソナル"コンピュータ”だった。
Web、モバイル時代を経て、今Appleは「データの最小化」「オンデバイスの機械学習」「セキュリティ」「透明性とコントロール」の4つをプライバシー保護のコアとしている。昔と今ではプライバシー保護の取り組みは異なるが、プライバシーに基づいてパーソナルデバイスを作り、行動する姿勢に変わりはない。
iPhoneで標準メールや標準ブラウザの変更が可能に。だが…
最後に、スライドのみで紹介された親機能を2つ紹介しておこう。1つはiOS 14/iPadOS 14で標準のメールとブラウザを「メール」「Safari」から変更できるオプション、そして、HomePodのサードパーティの音楽サービスのサポートだ。これらに大喜びしているユーザーは多い。だが、Appleは基調講演で取り上げなかった。
近年のAppleは、プラットフォームの力を大きな成長ドライバとしている。iOS 14では「App Clips」というApp Storeの新機能を利用できるようになる。例えば、自転車シェアリングを使いたい時、そのサービスのアプリをインストールしていなくてもApp Clipsに対応していたら、iPhoneでNFCやQRコードを読み込むような簡単なステップで、ミニアプリを使ってすぐに借りられる。ユーザーにとって便利なサービスであり、「Appleでサインイン」とApple Payによる支払いでその利便性を実現している。
Appleの依頼でアプリ市場を調べたAnalysis Groupによると、App Storeを通じて流通するアプリの経済規模が5190億ドル(約55兆7000億円)に達した。App Storeを中心に巨大な経済圏が形成されている。だが、順風満帆な状態ではない。
6月16日にEUの欧州委員会が、AppleのApp StoreとApple Payについて競争法違反の恐れがあるとして正式調査を開始した。標準メールや標準ブラウザの変更オプションなどは、競合を排除していると非難する声の増加に対応したものと思われる。
加えて、WWDC直前にBasecampとの衝突が勃発した。Basecampのメールアプリ「HEY Email」について、Appleがガイドラインに従ってアプリ内購入を利用するように求めたのに対して、提供するBasecampが不満を爆発させた。そのやり取りにおけるAppleの対応を知った人々の間でBasecampを支持する動きが広がり、今年のWWDCはAppleと開発者コミュニティの関係があまり良好ではない状態で始まった。
6月22日にAppleは、App Store審査の特定ガイドラインに違反しているかどうかについてアプリ開発者が不服申し立てできるだけではなく、当該ガイドライン自体に異議申し立てをする仕組みをこの夏の設けることを明らかにした。現状のルールを変えずに、柔軟に対応できるようにした。現段階でその効果は未知数だが、適切なガイドラインの運用につながるか、今後の動向に注目していきたい。
(Yoichi Yamashita)
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June 26, 2020 at 11:03AM
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