火星に着陸したMars 2020/Perseverance(パーサヴィアランス)のイメージ。大きさは、奥行き3m、幅2.7m、高さ2.2mとされている。
NASA/JPL-Caltech
2020年7月30日20時50分(日本時間)、米フロリダ州ケープカナベラル空軍基地から、NASAの火星探査機「Mars 2020/Perseverance(パーサヴィアランス)」が打ち上げられる。
パーサヴィアランスは、世界の惑星探査のトップを走るNASAジェット推進研究所(JPL)が開発した6輪の火星探査車(ローバー)。
火星に生命が存在した直接的なエビデンスにつながる物質を探し、10年以上かけて地球に持ち帰る、史上初の火星サンプルリターンの先陣を切る存在だ。
パーサヴィアランスは、2012年に火星に着陸して今なお活動を続ける「マーズ・サイエンス・ラボラトリー(キュリオシティ)」をはじめ、これまで何度も探査機の打ち上げを成功させてきた「アトラスV」ロケットに搭載され、打ち上げられる。
およそ7カ月にわたる旅路を経て、2021年2月18日に火星の表面に降り立つ計画だ。
2019年末、パーサヴィアランスの走行試験を見守るNASA ジェット推進研究所の開発チーム。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスが着陸を目指す地点は、火星の北半球、低緯度帯イシディス平原にあるジェゼロクレーター(北緯19度・東経78度)の西の縁。ジェゼロクレーターは約35億年前に形成された、直径およそ45キロメートルのクレーター。かつては湖だったと考えられている。
堆積物の多い河口付近にできる三角州のような地形が存在しており、ここに宇宙探査における“聖杯”と言われる「生命の痕跡」が存在すると期待されている。
火星は生命を育んだのか? ミッションの大目標
マーズ・リコネッサンス・オービター(火星の周囲から地表を観測する探査機)が撮影した、パーサヴィアランスの着陸地点付近。画像右側の少し平らに見える領域が「ジェゼロクレーター」の内部。
NASA/JPL-Caltech/ASU
パーサヴィアランスにとって、第一にして最大の目標は、生命が存在した証拠「バイオシグネチャー」となる、火星の古代微生物の痕跡を探すことだ。
生命の痕跡は岩石の中に閉じ込められている。
パーサヴィアランスは、ジェゼロクレーターの縁に沿って、炭酸塩の堆積物を探査する予定だ。
炭酸塩は、地球上では「ストロマトライト」という藻類の死骸と泥が堆積してできた岩石に含まれている。そのため、火星でストロマトライトを確認できれば、生命が存在した直接的なエビデンスになる。
火星ヘリコプター「Ingenuity(インジェニュイティ)」。
NASA/JPL-Caltech
すでに火星で探査を行っているキュリオシティは、パーサヴィアランスと形状や機能がよく似ている。しかし、キュリオシティが「生命を維持できる環境の探査」を目的としていたのに対し、パーサヴィアランスはさらに「生命の存在」そのものに迫ることを目的としている点が、プロジェクトとして大きく異なる。
なお、パーサヴィアランスは、火星の薄い大気中を飛行する「火星ヘリコプター」のIngenuity(インジェニュイティ)をお供に連れて行くという重要なミッションも抱えている。
「シャーロック」と「ワトソン」がサンプルの質を見極める
ロボットアームの先端についているのが、顕微鏡「シャーロック」。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスに搭載されたいくつもの観測機器の中でも、バイオシグネチャー探査のカギになるのがロボットアーム先端に取り付けられた顕微鏡だ。採取した火星の表土サンプルに含まれる有機物を調べるのがこの顕微鏡の役割であり、サンプルの重要性を決定づける。
顕微鏡はその名を「シャーロック」といい、相棒となる記録カメラの名前はもちろん「ワトソン」だ。
他にも、自律走行など火星での活動をサポートするためのカメラや科学観測用カメラなど、パーサヴィアランスにはカメラだけで実に23台も備え付けられている。
いわば「走る研究所」ともいえる多機能さによって火星探査を進めていく予定のパーサヴィアランスだが、そのミッションはパーサヴィアランス単独では完結しない。
7月30日の打ち上げは、これから10年に及ぶ史上初の火星サンプルリターン計画の始まりとなる。
史上初の火星サンプルリターンへ
パーサヴィアランスがサンプルを収めるチューブとサンプルコンテナの開発モデル。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスは火星で採取したサンプルをチューブ状の容器に収めると、それを「地表に置いて」他の場所へ移動していく。
地表に放置された容器は、2026年、欧州宇宙機関(ESA)が開発する回収ローバーによって拾い集められる予定だ。最大で30本、合計で600グラムほどのサンプルは、NASA開発の帰還ロケットに積み込まれ、火星軌道上で待機する地球への帰還機に送られる。
その後、地球帰還機は2年かけて地球近くへと到達し、サンプルを収めたカプセルが地球へと投下される。いくつもの機体をリレーして、2030年代のはじめにはパーサヴィアランスが採取した火星の表土サンプルが地球へと届くことになるのだ。
キュリオシティに迫る24億ドルもの開発コスト
今もなお火星探査を続けているキュリオシティの「自撮り」。パーサヴィアランスも、火星に到着後、地球に自撮り画像を送ってくれるのだろうか?
NASA/JPL-Caltech/MSSS
火星サンプルリターンミッションで目標としているのは、水の存在など、生命の存在をサポートする環境を知ることではなく、生命そのもの、あるいは微生物が生成した物質からできた鉱物など、「生命が存在した」という直接的なエビデンスだ。
ただし、どれほど探査車を多機能にしようとも、火星探査車に搭載できる観測機器は限られているため、なんとかして地球までサンプルを持ち帰りたい。
パーサヴィアランスの開発では、そのために新たにサンプル採取機構などを開発することになり、当初15億ドル程度だった開発コストは、キュリオシティに迫る24億ドルまで膨らんだという。
開発も難航が続いた。
打ち上げの迫る2019年の10月の段階でも、不具合の解消を迫られていた。ミッションの最重要部分である、サンプル容器(チューブ)に火星の表土を収める工程で停止してしまうというのだ。試行錯誤の末、容器を熱して汚れや微生物などを除去する作業が原因だとわかった。
結果的に、この除去作業の手順を変更してようやく、サンプルをしっかりとチューブに収めることができるようになったという。
「宇宙に命はあるのか」という深遠な問い
2019年7月、NASA ジェット推進研究所のクリーンルームで開発中のパーサヴィアランス。機器の汚染物質除去のための加熱(ベーキング)が新たな不具合の原因にもなった。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスのミッションには、複数の日本人研究者やエンジニアが参加している。
そのうちの一人、JPLでローバーの計画に携わる小野雅裕さんに、自身が担った役割や今回の打ち上げの意味を聞いた。
「僕はパーサヴィアランスの自動走行アルゴリズムの開発と、着陸地点選定のための解析を担当しました。
着陸地点であるジェゼロ・クレーターは太古の昔は湖で、もしそこに地球外生命がいたならばその証拠が残されている可能性が高いと判断されました。湖にかつて注いでいた川が残した三角州が、地球外生命探査のターゲットです。
しかしそこに至るためには悪路を長い距離にわたり走行する必要があります。そのために求められるのが、以前までのローバーよりも飛躍的に長い距離を安全に走破するための自動走行機能です。
我々は何千年にもわたり、宇宙に命はあるのか、そして命とは何かという問いを考え続けてきました。人類にとって最も古く深遠な問いへの手がかりが、このローバーによってもたらされるかもしれないのです」(小野さん)
火星探査レースの新たな段階へ
火星でサンプルを採取するイメージ。
NASA/JPL-Caltech
7月30日のパーサヴィアランス打ち上げは、火星探査における新たな競争の始まりでもある。
1960年以降、アメリカとソ連の間では、月、火星、金星などへの熾烈な惑星探査レースが行われてきた。ソ連崩壊を経て、1997年に史上初の火星ローバー「ソジャーナ」の着陸・運用をNASAが成功させて以来、アメリカがトップを走っていた。
2000年代になると、火星への探査でNASAの存在感がさらに高まった。双子のローバー「スピリット」「オポチュニティ」や「キュリオシティ」、火星の地震探査機「インサイト」と、次々と探査機の着陸に成功し、成果を上げていったのだ。
しかし、2020年7月23日、中国初の火星探査機「天問一号」が2021年の火星到着を目指して打ち上げられた。
中国は、NASAが数十年かけた火星周回機と着陸機の運用技術を、天問一号で一気に実証しようとしているのだ。そして、2020年代後半には、天問二号による火星サンプルリターンをも計画している。
火星探査におけるサンプルリターンという史上初の快挙、そして、生命の証拠という「聖杯探求」を賭けた米中の惑星探査競争が、今始まろうとしているのだ。
※NASA TV打ち上げ中継(日本時間7月30日午後8時より開始)
(文・秋山文野)
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July 30, 2020 at 03:10AM
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NASAの火星探査車パーサヴィアランス、今夜打ち上げ。人類史上初「火星サンプルリターン」計画の始まり - Business Insider Japan
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